野球部の仲間たちと集まっては、いつも未来の話をした。
生まれ育ったこの町の、そして、自分たちの将来のこと。
ホワイトボードは文字で次々に埋まっていき、最後はお決まりの言葉になる。
「ないならつくるぞ、俺たちが」
あれから20年が経つ。
彼らが立ち上げた株式会社「トリクミ」。デザインができる者、料理が得意な者、サービスが得意な者…。それぞれの得意分野を活かした個性豊かな集まりは、今、町に新たな風を吹かす集団になった。
「俺の話でちゃんと取材になるかなぁ」
笑いながら出迎えてくれたのは、俊足巧打の遊撃手だった北村さん。現在はトリクミから独立し、一棟貸しの宿を経営している。
「自分でやってみて、やっぱり宿って究極のサービス業だと思う。こだわりですか?一人一人、丁寧に接客することしか僕にはないですよ。子供だろうが、おじいちゃんだろうが、全力で笑顔になって帰ってもらう。それだけです」
まっすぐな自分の言葉を投げられる人だ。
これは、あの日未来を描いた一人の話。
「俺、バカなんで考えずにまず動いちゃうんです」
この人のすごいところは、まずその行動力。それも直感にまっすぐな。
トリクミが始まった時もそうだった。10年前、野球部キャプテンだった古田琢也さんが北村さんを誘うところから彼らの物語は始まる。北村さんは当時工場勤務。夜勤を終えて自宅で寝ていたところを叩き起こされ、開口一番に「八頭でカフェやらないか?」。一瞬驚いたが、高まる気持ちに嘘は付けなかった。
「中学の仲間と仲が良くて、大人になって一緒に何かできたらいいなと思っていました。地域を巻き込んで人が集まって笑う場所を作りたいよなって話をしていくうちに、この町の何かが変わるんじゃないか?って。そう思ったら止まらなかったですよ」
出会いがあったのが、地元住民から声をかけられた隼地域にあるJA出荷所跡地。県外で料理人修行をしていた元三塁手の竹内和明さんを口説き、竹内さんが料理を作り、北村さんが店頭に立つ「HOME8823」を開店。今もなお地域住民の胃袋を支えているこの店から始まり、トリクミは複数の場所づくりをしていくことになる。
やりたいと思ったらやる。20歳の頃に飲食店を経営していた時も「社会人野球がやりたい」と社会人チームのある企業に転職。自分の気持ちに対する素直さが、この人の人生を進めてきた。
「もともと人の心をつかむことが好き。店に立つようになって、お客さんの顔をみていたらもっとこういうことができるんじゃないか、もっとこういうお店にしたいとか思うんです。サービスという仕事を始めて、人に喜んでもらうことがもっと好きになりました」
その気持ちで全てのお客さんを迎え入れる。子供連れの大人たちが気楽にお酒を飲めるように、保育士のように一緒に遊び、子供たちの楽しげな様子の写真を撮る。川に行ったり、カブトムシを探したり、ホタルを見に行ったり…。気づけばいつも「マスター!」「キャプテン!」と呼ばれ、子供達に慕われている。
「何かないか、といつも考えています。暇な時は車で町を走りながら『お、この場所いいな』とかチェックするんです。ずっと住んでいてもまだまだ知らない場所もあるんですよね」
今年からお菓子を景品にした射的も用意。お祭りに来たときのように、子供達は夢中になって遊ぶ。お菓子ももちろんサービス。頭には常にお客さんのことがある。
「ここに来てもらった時間は少しでも有意義に過ごしてもらいたい。予約がない日が休みですけど、お客さんがいないならいない時にできることがあるので、それをやっちゃう。芝刈りもやらないといけないし、ウッドデッキもペンキ塗り替えたいし、薪も割らないといけないし、次から次にやることはありますから」
北村さんのサービスが物語っているのが、リピーター率の高さだろう。一軒貸し切りで芝生がある広い中庭でのびのびできる空間の心地よさも人気で、多い人は年間7回も利用する人もいたり、利用した日に一年後の予約を取って帰る人もいたりする。
「『そこまでやってくださるんですか』と驚かれることもありますが、だからこうやって来てくださるんだと思っています」
仕事とも、お客さんとも、思ってない。まるで家族のことを話すように楽しげに話す顔に、そう書いてあった。
「八頭町の美味しい果物ができたら常連さんに毎年送ってあげるんです。喜んでもらえたらいいかなぁって思って。だから儲からないんです(笑)」
「バーベキューで使う野菜をくれる人もいるし、急遽食材がなくなったら『いつでも持っていってな』と言ってくれる近くのおばあちゃんの畑から取らせてもらう。その代わりに今度ジュースを持って行ったり、草抜きを手伝ったりするんです」
そんな食材の調達方法は、北村さんの人柄があってこそだろう。
お客さんからもたくさんのことを教えてもらう。
「宿をやっていて、より八頭のことを知ってもらえるので嬉しいんです。川に連れて行ったら『うわ、水がきれい』とかひとつひとつに驚いてくれる。僕らからしたら当たり前のことが当たり前じゃないんだと認識させられる。宿の外にある田んぼの夕日も何度見てもいい。あぁ、この風景だけでいいなぁって思う」
昔から八頭が好きで、都会に出ようと思ったことはない。
ないものはないと思っていたけど、宿を始めて、ここにあるものを改めて知った。
今、ここで見える景色がとても好きだ。
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