VOICE

地域に愛されるもうひとつの白兎物語

白兎伝説ガイド

/ 谷口百合子さん 井上芳弘さん

因幡の白うさぎ、と言えば知っている人も多いかもしれない。

サメの背中を飛んで海を渡った白うさぎが毛皮を剥がされてしまい、それを大国主命に助けてもらうという、鳥取市の白兎海岸に伝わる神話だ。

実は、海はない八頭町にもう一つ、白うさぎの物語があるのをご存知だろうか。

「私は鳥取市出身で、結婚して八頭町に来たんですけど、なんでこっちに白兎?って思ったのが最初のきっかけでした」

と話すのは、八頭町の船岡地区に暮らす谷口さん。

「私は小学校の先生をしていましてね。3年ほど前に辞めたんですけど、なるべく自分が住んでいる地元のことは知りたいと思って。最初はガイドをしようとか、そんなことは思ってなかったんですけどね、気づいたらしておりました。家が近いし、暇していますのでよくガイドの声がかかるんです。もう5回ほどしたかなぁ」

と笑う井上さん。

二人は、一年間の勉強会を経て、八頭町に伝わる白兎伝説のツアーガイドをしている。ガイドは全部で5人いて、この日は二人に案内していただくことになった。熱心に語る井上さんと、こちらを楽しませようとしてくれるのがわかる谷口さん。タイプは違えど、息のあった二人は楽しそうに、もう一つの白兎伝説へと誘ってくれた。

その昔、八頭町にある中山という山に、天照大神が降臨されたという。しばらくこの辺りに留まりたいと思い、行宮(あんぐう/仮の宮のこと)を建てる場所を探していたところ、一匹の白兎が現れて道案内をしたという話だ。

白兎は、天照大神の裾を咥えながら、中山から尾根づたいに霊石山(鳥取市河原町)の広い窪地がある場所へと誘い、姿を消したと言われている。天照大神は行宮でしばらく留まられ、霊石山にある大きな石の上に自分のかぶっていた冠を置き、元伊勢へと向かわれた。その石は御子岩(みこいわ)と言い、その窪地は伊勢ケ平(いせがなる)と呼ばれるようになった。

「残っている記録からすると、1200年前からすでに崇める対象物があったことがわかっています。江戸時代に、伊勢参りが流行っていたころに立派な社殿が造られたようです。この地域に生きた人たちが築いてきたものが、今も連綿と続いている」

白兎神社がある福本という集落をはじめ、私都川が流れる門尾、下門尾、池田、土師百井の五つの村で白兎神社を祀ってきた。また、それぞれの集落には江戸時代に造られた神社の社殿が本堂に納められている成田山青龍寺など、白兎伝説にまつわる神社やお寺がある。

歴史を話してくれていた井上さんが、懐かしそうに思い出を語ってくれた。

「白兎神社がある辺りの私都川は、今は真っ直ぐになっていますけど昔は神社の前で蛇行していて、深い淵になっていたんです。子供の頃はそこが私らの水遊び場でね。でも、ずっとなんで氾濫するような川の近くにお宮さんがあるんだろうと思っていたんですよ」

「川が曲がったところは、神聖な場所。そういう説を唱えている人もいますよね」と谷口さんの言葉に、「そう、だから学んでいくうちに、あそこがそういう場所だったんだとわかった」。目を輝かせた井上さんがいた。

二人とも、まだガイド歴1年だろうが、きっと名物ガイドになることは話していてわかった。歴史に魅せられ、とにかく話が好きな井上さん。そして、谷口さんのガイドは一風変わっている。ゴソゴソと鞄から何かを出してきたかと思えば、うさぎのぬいぐるみ。「これをつけて説明したりするんです」と谷口さん。

「もともと、小学校の時にバスガイドさんに憧れてガイドをしてみたかったんです。普段から人を笑わせるのが好きで。こっちの白兎伝説に興味があってガイド講座を受けたら、もっと軽く考えていたのに話が深すぎて、こんな深い歴史があったんだと感動したんです」

どうしても説明し出すと難しく感じてしまう伝説の話を、少しでもわかりやすくしようと絵本で読み聞かせる谷口さん。声色を変え、モノマネでキャラ作りをするとか。そのレパートリーは80種類という。

「私ね、小さい時から神様を信じて、大切にしてきたんです。一度中山に登った時にうさぎに出会ったんです。その日は特別な日で『これは守ってもらったんだなぁ』と思って」

誰かが信仰し、伝え、残してきた話。

谷口さんの中にもまた物語がある。

「なんでこの言い伝えが残っているのか、私はそれを考えないといけないと思っているんです。私都川は、もともと土師川と呼ばれていた。朝鮮半島から移り住み、古墳技術や土器作りをしていた土師師の集団がこの辺りにいて、自分たちのアイデンティティーを確認するためにお宮を建てたんじゃないかと思っているんです」

井上さんは、続けた。

「この辺り一帯を賑やかにしよう、村おこしの精神的な拠り所として、祀ってきたんじゃないかと。歴史って面白い。思いを広げていってくれる。想像するのがやっぱり好きだし、面白いんですよ。だからね、私、いつも案内の最後に言うんです。『あなたの地域にも、きっといろんな歴史がありますよ。それに目を向けてみてください』ってね」

八頭町の人たちが愛する、もう一つの白兎伝説もそう。

人が生きるところに、物語がある。

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