VOICE

誰かのワクワクが広がるきっかけづくり

だ菓子とドーナツと本の店 ポトラ

/ 諸岡若葉さん

トラが描かれた真っ白な暖簾を、次々にお客さんがくぐってゆく。

子供たちは、たくさんの駄菓子を前に、どれにしようかなとキョロキョロと見渡す。

若いお客さんたちはドーナツを買い、店内は千冊を超える本がぐるりと囲む。

ここは何屋だろう。ずっと気になっていた店は、なんだかとても楽しそう。

「店名のポトラは、英語のpotluck(ポットラック)から取りました。持ち寄りっていう意味で、いろんなことが集まって、新しい気づきや出会いを持ち帰ってほしいと願いを込めています」

いつものように、諸岡さんは笑う。

ポトラがあるのは、コワーキングスペースやシェアオフィス、カフェなどが入った複合施設「隼lab.」の1階。諸岡さんは4年前からここを運営するシーセブンハヤブサで働いている。「人懐っこい人が多い」という宮崎県出身。もともと人と関わることが大好きで、彼女が考えたイベントは評判を呼び、毎月1回さまざまな出店者が集う「はやぶさにちようマーケット」はすっかり名物になっている。

ポトラが生まれたのは1年前。

きっかけは、入居されていた店舗が出られることになったことだった。

「ご飯を食べるカフェや遊ぶ場所もあるけど、それ以外にもここに楽しめるところがあったらいいなぁとずっと思っていました。この通りは隼地域のメイン通り。今も豆腐屋さんはあるけど、昔は病院があったり、酒屋があったり、スーパーがあったりして、隼の人たちにとっては買い物ができていた。そういう機会があったら嬉しいだろうなぁと思いました」

隼lab.でにぎわいを作ってきたからこそ、さらにそれを広げていきたい。諸岡さんの頭の中に「こうなったら素敵だな」という絵が浮かび、「だったら自分たちでやってみるか?」。会社代表の古田さんからもGOサインが出た。

「ここに何があったらいいだろうとずっと考えていましたね」

子供たちが買い物を経験できる駄菓子屋を思いつき、大人も楽しめる場所にもしたいと思い、気軽に食べられるドーナツと、個人的にずっと夢描いていた本屋を開くことに決めた。

「小さい頃からお母さんが本を読んでくれ、本はずっと好きでした。本は、もっと知りたい、もっと好きになりたい、という純粋な好奇心を満たしてくれるもの。家庭や学校だけでなく、ポトラでもそのきっかけ作りができたら嬉しいです」

平日は赤ちゃんを連れたお母さんが来てくれたり、近くの小学校の読み聞かせグループの人たちが絵本を探しに来てくれたり、午後3時以降は近所の子供たちがこぞってやってくる。そんな光景が広がっている。

やってみるまでは「ここで駄菓子屋をやって果たしてやっていけるのだろうか」と、不安に襲われる日もあったという。でも、自分が「楽しそう」と思える、その直感にしたがった。

高校時代、好きだった授業がある。

中学と高校の全寮制一貫校に通った諸岡さん。宮崎県の五ヶ瀬町という山深い場所にあり、地域のことを知り、学ぶことを大切にする学校だった。

「その中で『地域の好きなもの』を採取してくる森林文化という授業があったんです。景色をスケッチする子もいれば、自然の音を録音する子もいました。私は、地域の人の話を聞くのが好きで、野菜を作っているおじいちゃんにいっぱいキュウリを持たされたり、いなり寿司をもらったり(笑)。その時間がとても楽しかったです」

進路を迫られる時期でもある。周りは看護師になる、教師になる、いろんな夢に向かう同級生の中で、これになりたいというものがなくて困ったが、唯一好きだったのが「人のこと、人の暮らしのこと、地域のことに触れること」。楽しそうに、生き生きと話をしてくれた町の人たちの姿だった。

大学では民俗学を学び、鳥取県に近い岡山県西粟倉村で地域のエネルギー循環を目指す会社に入社。退職後にたまたま出会った隼lab.でも、地域の人たちとつながる仕事をしている今がやっぱり楽しいという。

「いつも何かを決めるときには後先考えないんです」と笑う。

大人になってからも「自分が好きだと思うことをやること」を大切にしてきたが、時折、社会の一般論や大きな風潮に流されそうになることもないわけではない。

「学生の時からどこか優等生でいなきゃいけないという意識や、誰かと比べて一番になりたいとか競争意識もどこかに出てくることもあります。放っておくと自分の意思よりもそっちに流されそうになるけど、一瞬立ち止まって『これって本当の私か』と問いかけるようにしているんです」

どこまでも心に正直に進むのには勇気がいるときもある。それがわかるからこそ、ポトラや隼lab.に集まる人たちの背中をそっと押す役目にもなりたいと話す。

「ポトラの話じゃないんですけど、にちようマーケットもやり始めて4年。15店舗くらいがいつも来てくれ、駐車場も満車になる。その規模や数を倍にしていきたいかと言われたら、それよりも出店者さんたちが成長し、挑戦できる場にしたいという思いがあります。好きなことを趣味でやる人と事業でする人の間にいる人たちがいて、その人たちが学べたり、学び合ったりでき、一歩踏み出せる。そんな場所になったらいいなぁって思うんです」

人が好きで、人が生き生きしている姿が好きな諸岡さんらしい言葉と、笑顔だった。

楽しいという感情は、どこか人を惹きつける。

誰かのワクワクが集まってきて、ここから広がってゆく。