VOICE

卵と歩む、挑戦の人生。

大江ノ郷自然牧場

/ 村上和基さん

未来は、先の見えないもの。もちろん答えはない。
だからこそ、進むには勇気が必要だ。

電気屋の次男として生まれ、「なんとなくそっちの道かなと」と進路を選択。
電気工事、製造工場、自動車整備の仕事をしたが、ふと思う時があった。

「このままでいいのかなぁっていう思いはずっとありました。実は、小さい頃からずっと食に興味があったんです。電気屋の仕事で父も母も忙しくて、小学生の頃から僕がご飯を作るのが当たり前でしたから。どうせなら好きなことをしようと決めました」

25歳のとき、大江ノ郷自然牧場(以下、大江ノ郷)に入社。

「天美卵という卵のことは知っていて、初めて食べた時に、これは鳥取を代表する食材になる。ここで働いてみたいと思いました」

ただ、直感に従った。
意思ある一歩が、人生を変えていくことになる。

「こんな規模の会社になるイメージは全くなかったですね。今でこそ200人を超えるスタッフがいますが、昔は社員10人くらい。小原と面接を受けて『2〜3日後に来られる?』という感じでしたから」

その成長を支えてきたのが、村上さんが惚れ込んだ「天美卵」という卵だ。創業者である小原利一郎さんが鶏を平飼いする自然養鶏を一人で始めたのが30年前。広い鶏舎で伸び伸びと過ごし、日光をふんだんに浴び、清らかな湧き水を飲んで育つ鶏たちが生む卵は、安心で良質なものを求める全国のたくさんの人に愛されるようになった。

「添加物を使わないバームクーヘンを作れないか」

入社2年目のある日、小原社長に頼まれた。当時、直売所とカフェを兼ねた「ココガーデン」のオープンに向け、新しい商品開発が必要だった。天美卵の中にも見た目が少し違うだけで加工用として安く出荷せざるを得ないものがあり、同じように丹精込めて育てた卵を、何か良い形でお客様に届けられないかと考えた。

配達員として入社し、当時は鶏舎で卵を集める仕事をしていた村上さん。
突如として製造を任されることになったわけだが、やってみます、と二つ返事。

「石橋は叩いて渡るのではなく、渡ってから考える」
これも大江ノ郷で学んだことのひとつだ。

バームクーヘン、シュークリーム、パンケーキ、うどんやビュッフェ料理…。会社が新しい挑戦をするたび、全国各地へと修行に出向いた。目で見て盗んで、メモを取り、技を持ち帰ろうと必死だった。「自分がやらなきゃ会社が前に進まない」。習ってきたものを会社に還元し、レシピを研究する役目だったが、当然、そんなに甘いものではない。

「最初から今のクオリティーがあったわけではなく、失敗続きでした。バームクーヘンは萎むし、シュークリームは硬いし、パンケーキも膨らまない。だから何回も作り直すしかない。あまり当時の記憶がないくらい、もうがむしゃらでしたね(笑)」

朝早くから日が変わるまで厨房に立つことも、体感温度50度にもなる厨房の暑さにやられて点滴を打ったこともあった。「自分が倒れたら作る人がいない」。半分は気力と責任感、半分は意地だったのかもしれない。

「県庁所在地の鳥取市から車で30〜40分かかる大江にお店を作るなんて、周りからは無謀だと言われていました。それに僕を含めて素人集団の挑戦でしたから。でも、いきなりプロが来てくれないし、自分たちでやるしかありませんでした」

ただ、自信はなかった、と笑った。

「小原を信じて、天美卵を信じて、やるしかないという気持ちだけ。努力が報われるかはわからないけど、なんとかなるって思ってやっていました」

不確かなものを信じられる強さ。それが、村上さんを支えてきた。

今や代名詞とも言える人気メニューといえば、分厚いパンケーキだ。

「ベーキングパウダーなど添加物を一切使わず、卵白を使ったメレンゲの力だけで膨らませているので、やっぱり作りたてが一番ふんわりして美味しいので、賞味期限は10分と言っているんです。写真を撮られたら早めに食べてみてくださいね」

差し出されたパンケーキを口に運んだ瞬間に、とろけるような滑らかな食感と卵の風味が広がった。ハリとコシのある天美卵の素材の良さもあるが、それを活かす技術がなければ成り立たない。添加物を使わず、空気を抱き込みながらいかに膨らませられるか。これが本当に難しい。

「泡立てすぎたらボサボサの食感になるし、弱かったら水っぽくなる。それにうちの卵は、一年を通して全く違う卵なんです。夏は鶏の水分摂取が多くなるため水っぽいし、冬はたくさん栄養分を蓄えようとするため濃い卵白になる。だからこそ、職人は卵の状態も見極めなければいけません」

「パンケーキは生き物」というほど、特に職人の腕の差が出るという。

レシピはあるが、メレンゲの泡立たせ方、鉄板への生地の落とし方、ひっくり返し方…。一つ一つが焼き手によっても全く違うものになるため、少しでも良いものを提供しようと日進月歩で技を探求し続けている。

「混ぜる音を聞くだけで、腕が分かりますから」

製造の話になると、また一段と熱が入る。

「お客様に美味しいと喜んでもらえたり、社員がやりがいを持って働いてくれたり、そういうのは当然嬉しいですけど、今は使命感の方が大きいですね。八頭をもっと盛り上げていきたいですし、どうやったら貢献できるのかなぁと考えています」

製造部門の責任者となり、背負うものはすっかり大きくなった。
でも、いつも心にあるのは感謝の気持ちだという。

「周りに支えられて今がある。それを常に忘れず、謙虚な姿勢でいたいと思っています。卵を拾ってくれる人がいて、詰めて発送してくれる人がいて、パンケーキを作る人がいる。いろいろな人がいてこうして成り立っていますから」

八頭の自然の素晴らしさ、そして食の大切さを届けるために。
自分に何ができるだろうと、日々考える。

「今はまだ途中」

未来を見つめ、挑戦は続く。